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広島高等裁判所 昭和25年(う)600号 判決

控訴人 被告人 高山伝四郎原審弁護人 原田左近

検察官 志熊三郎関与

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は別紙弁護人原田左近名義の控訴趣意書と題する書面記載のとおりであつてその要旨は原裁判所は審判の請求を受けた事件につき判決せず且つ受理してはならない事件を審理判決した違法があると云うのである。よつてこれに対し当裁判所は次のように判断する。

本件起訴状には公訴事実として被告人は外数名と共謀の上昭和二十五年三月二十七日徳山市大字湯野字火の口湯野農業協同組合家畜市場入口に於て通行人に対し予て作成しておいた大きさ約一寸四、五分の紙片に二、三、四、五の数字を記入しこれを数字の分らない程度に丸めて紙玉数十個としたものを取混ぜ箱の上に並べおき又別に一の数字を記入した紙玉を作つておいたものを恰も前記の紙玉中に混入するように装いその実巧に手中において他の数字を記入した前記紙玉と取替えその所在が不明にならない程度にこれを混入して見物人をしてその混入した紙玉が真に一の数字の紙玉であると誤信させたる上金員を賭けさせ一の数字の紙玉を当てた者に対しては被告人からその賭金二倍に相当する金員を与え若し他の紙玉を当てた時はその賭金を被告人の取得とする俗に「モミ」と称する詐欺賭博の方法で見物人に勝負を申入れ他の外数名は「桜」の役をなし折柄来合せた神田英雄に対し前記の手段により勝負をさせ同人をして勝負に負けたものと誤信せしめ因て二回に亘り即時同人をして賭金名義のもとに合計金二千百円を交付せしめてこれを騙取したものであるとの事実及びその罪名として刑法第二四六条の詐欺罪が記載されておるのに原判決は被告人は昭和二十五年三月二十七日徳山市大字湯野字火の口湯野農業協同組合家畜市場入口において折柄同所に来合せた神田英雄と共に大きさ約一寸四、五分の紙片に二から五迄の数字を記入してこれを丸めた紙玉数十個の中に別に一の数字を記入して丸めた紙玉一個を混入し所携のピンセツトにてこれ等を押して僅かに移動せしめた上右一の数字を記入した紙玉を拾い当てる方法による俗に「モミ」と称する賭銭博奕をなしたものであるとの事実を判示事実として認定しこれに対し刑法第一八五条の賭博罪の法条を適用処断しておることは弁護人所論のとおりである。しかしながら右起訴状記載の公訴事実と原判示認定事実とを比照してみるのに右は孰れも被告人も犯行の日時も場所もすべて同じであつて唯犯罪の方法が起訴状記載の公訴事実は俗に「モミ」と称する詐欺賭博の方法で騙取したと云うのであるのに対し原判示事実は俗に「モミ」と称する賭銭博奕をしたと云うに過ぎないのである。しかもその二つの方法は共に俗に「モミ」と称する賭博の方法(この方法は賭博の方法として裁判上顕著なる事実である)を用いて金銭を取得したのでありその上これに使用した器具も賭銭も又被害者も総て同じであることが認められるのであるから起訴状記載の公訴事実と原判決認定事実とはその基本的事実関係すなはち主要な事実関係が同一であつて犯罪事実の同一性は失われていないのである。そして原審第三回公判調書によれば右原判決の認定した事実及び罰条は本件起訴後昭和二十五年六月二十日の原審第三回公判廷に於て検察官から予備的に訴因及び罰条の追加を請求しこれに対し被告人及び弁護人は何等異議はなかつたのでありしかもこれに対する証拠の取調も充分行われ被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞のあることも認められないことが肯認されるのであるから右予備的になされた訴因及び罰条の追加変更は適法であり従つてこれに基いてなされた原判決には所論のような違法はなく論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条第百八十一条に則り主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柳田躬則 裁判官 藤井寛 裁判官 永見真人)

弁護人原田左近の控訴趣意

第一点原裁判所は審判の請求を受けた事件に付判決せず且受理してはならない事件を審理判決した違法がある。

(一)本件最初の公訴事実(第一公訴事実と称す)は「被告人は外数名と共謀の上昭和二十五年三月二十七日徳山市大字湯野字火の口湯野農業協同組合家畜市場入口に於て通行人に対し予て作成し置きたる大きさ約一寸、四、五分の紙切に二、三、四、五の数字を記入し之を数字の分らない程度に丸めて紙玉数十個としたものを取混ぜ箱の上に並べ置き又別に一の数字を記入した紙玉を作つて置いたものを恰も前記紙玉中に混入する様に装い其の実巧に手中に於て他の数字を記入した前記紙玉と取替え其の所在が不明にならない程度に之を混入し見物人をして其の混入した紙玉が真に一の数字の紙玉であると誤信させたる上金員を賭けさせ一の数字の紙玉を当てた者に対しては同被告人から其の賭金の二倍に相当する金員を与え若し他の紙玉を当てたときは其の賭金を同被告人の取得に帰せしめる俗に「モミ」と称する詐欺賭博の方法で見物人に勝負を申入れ、他の被告人外数名は「桜」の役を為し折柄来合せた神田英雄に対し前記の手段に依り勝負をさせ同人をして勝負に負けたものと誤信せしめ因て三回に亘り即時同人をして賭金名儀の下に合計金二千百円を交付せしめ之を騙取したるもので右は刑法第二四六条の詐欺罪に該当する」というにあるところ原裁判所は前示詐欺公訴事実に付ては何等の裁判をしないでその判決に於ては「被告人は露天商人として広島、山口、島根の三県を転々として居るものであるが昭和二十五年三月二十七日徳山市大字湯野字火の口湯野農業協同組合家畜市場入口に於て折柄同所に来合せた神田英雄と共に大きさ約一寸四、五分の紙片に二から五迄の数字を記入して之を丸めた紙玉数十個の中に別に一の数字を記入して丸めた紙玉を混入し所携のピンセツトにてそれ等を押して僅かに移動せしめた上右一の数字を記入した紙玉を拾い当てる方法による俗に「モミ」と称する賭銭博奕を為したもので刑法第一八五條の賭博罪に該当するとして被告人を罰金五千円に処している(以上は起訴状及原判決の記載により明かである)が本件記録を精査するに本件詐欺事実に付ては之を認むるに足る証明がないようであるから原裁判所は之に対しすべからく無罪の判決をすべきであるにこのことのないのは明かに刑訴法第三七八条第三号前段に該当し当然破棄せらるべきである。尚この点は刑事補償の請求権に付ても重大な関係がある。

(二)検察官は本件の最終公判の最後に予備的に訴因又は罰条を追加すると称して「被告人は昭和二十五年三月二十七日徳山市大字湯野字火の口湯野農業協同組合家畜市場入口に於いて神田英雄と共に紙玉数十個を使用し俗に「モミ」と称する賭銭博奕を為したもので刑法第一八五条の賭博罪に該当する」と陳べている。(之は第三回公判調書の記載により明かで第二公訴事実と称す)が本件第一の公訴事実と第二の公訴事実とはその内容の主要点が全く相反しその同一性がないから原裁判所はかかる公訴は訴因の追加として許すべきものでないのに拘らずことここに出でずしてこの公訴事実(賭博公訴事実としても全く不明なもので「モミ」と称する賭博は決して一般公知のものではない」)を証拠により認定し有罪の判決をしたのは明かに違法である。

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